霧が晴れるまで

One Scene

森が霧に包まれる時、あの人が来てくれる。ニッコリと微笑みながら、ゆっくり歩いて来る・・・時にはジャケットのポケットに小さな花束を入れて・・・(劇中セリフより)。 幻想的なラブストーリーです。

キャスト

男・須藤 篤志・・・ピアニストを目指してる。心優しきロマンチスト。

女・相原 香織・・・篤志の恋人だった。

霧が晴れるまで

※このドラマは音声で聞くことが出来ます。

女N :霧・・・森が霧に包まれる時、あの人が来てくれる。
ニッコリと微笑みながら、ゆっくり歩いて来る・・・
時にはジャケットのポケットに小さな花束を入れて、
ちょっと照れながら渡してくれたりする。
「ごめんね、あまり来れなくて」ちょっとシャイに言訳をする彼。
そんな優しい彼が好き・・・でも、
彼の優しさに甘えるのも今日が最後にしよう・・・
悲しいけれど、最後にしよう・・・

S E 草を踏み分け歩いてくる足音

男  :香織・・・

女  :篤志さん・・・

男  :久しぶり。

女  :やっぱり来てくれたのね。嬉しいわ。

男  :今日はいい知らせがあるんだ。

女  :なにかしら?

男  :ジャーン!

女  :トロフィー?

男  :ああ、3位入賞。

女  :すごいわ!おめでとう。

男  :でも全国大会に出場出来るのは上位2名なんだ。全国大会にはいけなかった。

女  :3位でも立派なものよ。

男  :香織なら十分全国大会、いや世界にまで行けたのに・・・

女  :そんなことないわ。

男  :香織のためにもっとがんばりたかったけど・・・

女  :十分だわ、篤志さん。心のこもった演奏曲をありがとう。

男  :え?

女  :ラフマニノフの「ピアノコンチェルト協奏曲第二番」・・・私の一番好きだった曲を弾いてくれて・・・

男  :どうしてそれを知ってるの?

女  :演奏前に祈るように言ってくれたでしょう「香織聞いていてくれよ」って・・・

男  :来てたの、会場に?

女  :第一楽章モデラートは華麗に優雅に。第二楽章アダージョ、ここはすごくロマンチックに。第三楽章アレグロは軽やかにテンポよく・・・すごくよかったわ。

男  :ほんと?

女  :ええ、感激のあまり涙が出ちゃったもん。篤志さん、本当にありがとう・・・

男  :そうか、よかった。

女  :すこし歩きましょうか?

男  :うん。

S E 小鳥のさえずりなど

男  :小学校の頃、帰り道にいつも奇麗なピアノの曲が俺はよく立ち止まってその曲を聞いていたんだ。

女  :うん。

男  :6年生の時、コーラス大会で香織がピアノ伴奏することになった。そのピアノを聞いた時すぐに分かったんだ。

あ、この子だったんだって。

女  :篤志さん、ずっと私の横で見てたわね。黙って、ずっといつまでもいつまでも。

男  :不思議だったんだよ。どうして両方の手であんな器用に鍵盤を叩けるんだろうって。それであんまり見てるもんだから、香織言ってくれたよな。弾いてみるって。

女  :ええ・・・

男  :音楽の素晴らしさを教えてくれてありがとう、香織。

女  :教えたなんて・・・

男  :香織ならきっと世界に通用するピアニストになれたろうに。

女  :その分篤志さんががんばって、ね。

男  :俺は香織ほど才能がないよ。

女  :そんなことないわ。篤志さんだったら大丈夫よ。

男  :香織・・・

女  :真理ちゃんとは仲良くやってる?

男  :ああ・・・

女  :彼女、いい子よ。

男  :うん。

女  :そろそろちゃんと付合ってあげて。

男  :え?

女  :彼女、篤志さんの事を本当に思ってるのよ。

男  :・・・

女  :篤志さんも分かってるでしょ。

男  :彼女は、香織の親友だったんだゼ。

女  :だから安心できるの。

男  :俺は・・・

女  :もういいの・・・

男  :え?

女  :もう十分よ。もう私に気を使わなくっても大丈夫。もう篤志さんに甘えたりしないから・・・

男  :香織・・・

女  :だから、もう会いに来てくれなくても平気よ。その分、真理ちゃんを大切にしてあげて。

男  :俺は香織を・・・

女  :篤志さんのことは忘れない。篤志さんにしてもらった優しさも思い出として心の中に大切にしまっておきます。篤志さんもそうして。でも、過ぎ去った悲しみは忘れましょう。

男  :・・・

女  :悲しみは忘れないと、前に進めないわ。ね、そうでしょう?

男  :ああ・・・

女  :今度は私が篤志さんを見守るわ、いつでもいつまでも・・・

男  :うん。

女  :篤志さん。

男  :なんだい?

女  :思い出をありがとう。楽しかったいっぱいの思い出をありがとう。

男  :俺のほうこそ、ありがとう。

女  :真理ちゃんを愛してあげてね。

男  :うん、わかった。

女  :風が出てきたから霧が晴れていく。じゃ、もう行くね。

男  :香織・・・さようなら。

女  :さようなら、篤志さん。

男N :風が出てきたとたん、霧と共に香織が去って行ったような気がした。ここへ来ると不思議に香織と会話をしたような気になる。俺に音楽を教えてくれた香織。俺が人生で最初に愛した女の子。優しかった香織・・・天才ピアニストと騒がれながら、あまりに早くに逝ってしまった・・・

相原香織、享年19才。

おわり

「霧が晴れるまで」
Story by ushi

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