父の日記

One Shot Story

売れない画家の父の死後、発見された3冊の父の日記。そこには生前あまり父のことを良く思ってなかった息子にとって、まったく知らなかった父の姿があった・・・

※このドラマは音声で聞くことが出来ます。

キールからはじまる

マスター :いらしゃいませ。

男性客  :失礼ですが、小峰さんでしょうか?

女性客  :はい。

男性客  :大崎です。始めまして。わざわざすみません。

女性客  :いいえ。

男性客  :どうぞ、こちらへ。

女性客  :どうも・・・

男性客  :なにか、お飲み物を・・・

女性客  :じゃキールをいただけますか?

マスター :かしこまりました。

S E ドリンクを作る音

男性客  :突然ご面識もないのにお呼び出しして申し訳ありません。

女性客  :どうぞお気を使わずにいて下さい。それよりわたしの亡くなった母についてのお話しというのはなんでしょうか?

男性客  :ええ・・・(ちょっと話しにくい)

マスター :お待たせしました。

女性客  :どうも。

男性客  :その前に私の方のお話しから聞いて下さい。その方が順を追えますので。

女性客  :結構ですよ。

男性客  :実は私の父も3ヵ月前に亡くなりました。

女性客  :それはお気の毒に・・・

男性客  :あなたのお母様は確か1年ほど前にお亡くなりになったとお電話で・・・

女性客  :はい、心臓が昔から弱い方でしたから・・・

男性客  :四十九日の法要が終わって、父の遺品の整理をしてたんです。父は、絵描きだったんです。

女性客  :画家ですか?

男性客  :ええ、まあ。すると私も1度も見たことのない、こんな物が出てきたんですよ。

父の日記

女性客  :ご本かしら?

男性客  :父の日記です。日付は1966年7月から始まっています。書き出しからだと、その当時父は絵の勉強にフランスに渡っていたようです。

女性客  :直接はお知りじゃなかったのですか?

男性客  :お恥ずかしいのですが、私は父について多くは知りません。

女性客  :ご一緒にお暮しじゃなかった?

男性客  :いいえ、一緒でした。けどあの手の人間は、なんと言うかな世間じゃ変人?

女性客  :芸術肌だったんですよ。

男性客  :そんな芸術家だなんて。ただの売れないヘンコな絵描きだったんですよ。アトリエと言っても四畳半のボロアパートだったし・・・

女性客  :お父様の事、あまり良くお思いでなかったみたい。

男性客  :ええ、はっきり言えば学生の頃は憎んでいましたよ。何もしないで売れない絵ばかり描いて、おふくろにお金の苦労ばかりかけてた。それに子供の教育には無関心。グレて反抗しても、あまり反応ないもんだから子供の方が気抜けしてグレるの止めちゃいましたよ(苦笑)。

女性客  :(小さく笑う)

男性客  :(咳払い)そんな調子できたもんだから、親父が死んだ時もあまり悲しみは沸きませんでした。なんか、煩わしいコブが取れたような気がして。

女性客  :コブだなんて、ひどい。

男性客  :でも、これを読んだ時、自分が見て知っていた親父のイメージとあまりにも違いすぎるのに驚きました・・・この数週間は親父のことばかり考えていました。

女性客  :そんなに驚く事が書かれていたのですか?

男性客  :私の全然知らない人間がいたのです。

パリの生活

男性客  :パリへ美栄子と一緒に来て3ヵ月がたつ。日本からの逃飛行。私はこの3ヶ月間悩み続けた。私がとった行動は果して正しかったのか、美栄子の人生を私のレールに乗せてしまって、果して彼女にとって幸せなことだったのだろうか?しかしもう引き返す事は出来ない。そんな私の内なる迷いと正反対に私達のパリの生活はこれまでにない無上のものである。美栄子は素晴らしい。美栄子との出会いは私にとってまさしく人生の革命であった。今パリは五月革命と言われる騒ぎで都市の機能はマヒしている。反ドゴール派のポスターが舞い、シュプレヒコールが唸り、青年達がバリケードを築き、歌声がし、スピーカーが叫ぶ・・・それはまさしく私の情念と全くオーバーラップする。美栄子と愛し合うこと、それは我心の革命・・・

女性客  :美栄子・・・

男性客  :あなたの亡くなられたお母様です。

女性客  :まさか・・・

男性客  :お気を悪くなされましたか?

女性客  :いえ・・・でも・・・

男性客  :ご存じなかった?

女性客  :全然。

男性客  :やっぱり、そうですか。

女性客  :やっぱりって?

男性客  :そんな気がしてました。

女性客  :外国で住んでた事なんて、1度も聞かなかった・・・

男性客  :私の父とあなたのお母様は昔恋人同士だったんです。

女性客  :まさか、あの母が・・・古風でおとなしかった・・・

男性客  :私もまさかですよ。あの父が。

女性客  :人違いじゃないのですか?

男性客  :後を読めば判ります。この辞典みたいな3冊の日記はあなたのお母様と絵の事ばかりです。最後入院する3日前まで。

帰らぬミューズ

男性客  :美栄子の父の危篤を美栄子の姉から聞く。美栄子はこのままパリに私と一緒にいると言ってくれた。私は涙がこぼれ落ちた。今美栄子がいなくなると私はおそらく描けなくなるだろう。今の私にとって美絵子は、私の情念を揺り動かすミューズなのである。美絵子、どうか私の傍らを離れないでおくれ。

女性客  :母は、祖父のお葬式には出たと聞いています。

男性客  :そうです。お母様は帰国されました。そして、2度とパリには戻らなかった。

女性客  :では、その後はあなたのお父様とは?

男性客  :2度と会うことはなかったのです。お父さんがいよいよという時、お姉さんが迎えに来て強引にお母様を日本に連れて帰ったのです。他の事ならとにかく、自分の父親の死目ということでやはり堪えられなかったのでしょう。

女性客  :そうでしょうね。

男性客  :祭りは終わった。パリの街はあのシュプレヒコールがまるで幻であったかのように平静を取り戻した。そんな幻を追うかのよに時折叫びをあげる若者が警官隊に連行される。私も幻を追いながら酒を飲む。ミューズという幻を・・・

女性客  :お父様は待ったのですね。

男性客  :3年間。筆を持つことなく酒だけの日々が書かれてます。

女性客  :3年間も・・・

男性客  :いや、帰国してからも結婚してからもずっと死ぬまで、父はなくした幻だけを思い続けたのです。

女性客  :そんなに1人の女性だけを愛し続けられるものでしょうか?

男性客  :普通では考えられません。

女性客  :そういえば・・・

男性客  :どうかしましたか?

女性客  :家にあります。

男性客  :なにが?

女性客  :絵が・・・

肖像画

女性客  :居間に女性の肖像画があるんです。ドレスを着た女性。でもなぜか顔立ちが東洋人っぽいんです。それに、どこか母に似ていて。1度母に聞いたことがあります。

男性客  :そしたら?

女性客  :画廊で気に入ったから昔に買ったんだと・・・

男性客  :それは、ひょっとして・・・

女性客  :あなたのお父様が描いたもの?

男性客  :かもしれない。

女性客  :時折母はその絵を遠い眼をして見つめていました。近付いた私に驚いて、ハンカチで目頭を押さえたりしたこともありました。

男性客  :そうですか・・・

女性客  :母もひょっとして・・・

男性客  :あなたのお母様のお気持ちは判りませんが、これは仮定ですよ。その絵は親父があなたのお母様をモデルにして描いたもので、あなたのお母様はその絵を見て親父の事を思い出し涙ぐんだ。

女性客  :ええ・・・

男性客  :そうだとしたら、親父も少しは喜ぶだろう。

女性客  :そんなに愛し合っていたのなら、母はどうしてあなたのお父様の待つ元へ帰らなかったのかしら・・・

男性客  :それは、きっと無理だったんだよ。親や兄弟国を捨て、外国へ行くことなど2度も出来ることじゃない。

女性客  :ジロウ・・・ジロウさん?

男性客  :え?

女性客  :ひょっとして、ジロウさんって・・・

男性客  :二郎、大崎二郎。父の名前です。

女性客  :母が亡くなる寸前、その名前をうわ言で呼び、ごめんなさいって、何度も何度も。そのときはなんの事だが判らなくて、お医者樣を呼ぶのであわてていたものだから・・・

男性客  :ほんとにお母様が?

女性客  :今思えば確かに。すっかり忘れてたわ・・・

男性客  :そうですか・・・

パリへ

男性客  :今日は突然こんな話をして申し訳ありませんでした。

女性客  :いいえ、私も知ることが出来てよかったです。

男性客  :そうですか。言うかどうしょうか迷ったんですが、美栄子さんのような素晴らしい女性の娘さんなら、今の私の気持ちを共有できるんじゃないかって、あえて連絡させてもらったんです。

女性客  :母の知らない女性としての一面を知ることが出来て、本当に嬉しかった・・・でも・・・

男性客  :ん?

女性客  :死ぬ間際までお互いを愛していたのに、どうして結ばれなかったのでしょう?

男性客  :それは・・・

マスター :今は結ばれていると思いますよ。

男性客  :え?

マスター :天国で。

男性客  :あ、そうか。君のお母様は1年前。親父は後を追ったわけか。

女性客  :それか母が迎えに来たのかも。寂しくって。

マスター :前世の契りという言葉がありますね。

男性客  :ええ。

マスター :人は生まれてくる前に、この世のパートナーとはすでに約束を交わしているんです。でも中にはうまく巡りあえない人もいます。巡りあえたとしても引き離されたりもすることがあるんですよ。

男性客  :親父達のように。

マスター :ええ。でも心配はないのですよ。

女性客  :どうしてですか?

マスター :中のいい魂はいつかは結ばれるものだと私は思いますが。

女性客  :そうですね。

男性客  :小峰さん。

女性客  :はい。

男性客  :もし、よければ・・・

女性客  :ええ?

男性客  :機会があればですが、ご一緒にパリへ行ってみませんか?

女性客  :パリへ?!

男性客  :親父とあなたのお母様が一緒にいた場所。

女性客  :母がいた場所・・・

男性客  :今になって始めて親父が身近に感じるんですよ。

女性客  :ぜひ私も、連れていって下さい。母の青春の土地へ・・・

おわり

「父の日記」
Story by ushi

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