グラデュエーション(卒業) 

One Shot Story

高校時代落ちこぼれ、担任の手を焼いた女の子。卒業後数年、その担任はあるモノを渡すために彼女を探し求めた。偶然にも卒業生たちの同窓会で彼女の消息を知り、今は水商売の身となった彼女と会う・・・

※このドラマは音声で聞くことが出来ます。

5年ぶりの再会

S E ドアの開閉の音

マスター :いらしゃいませ。

女性客  :こんばんわ。

マスター :お飲み物、何にいたしましょう?

女性客  :おビール、じゃなかった、えーと・・・ウイスキー・サワー下さい。

マスター :かしこまりました。

S E ドリンクを作る音

マスター :どうぞ。

女性客  :ありがとう・・・ねえ、マスター。

マスター :はい?

女性客  :この服、ハデじゃないかしら?

マスター :いいえ、清楚でとてもお似合いですよ。

女性客  :口紅の色はきつくないかしら?

マスター :とても自然でお奇麗ですよ。

女性客  :(ホッと)よかった。私、服も化粧品も商売用しか持ってないから困っちゃって。あ、ごめんなさいマスター、変なこと聞いちゃって。

マスター :いいえ。お待合せですか?

女性客  :そうなんです。それで、もう今ドキドキなんです。何でもいいから私と喋っていてくれませんか?

マスター :とても大切な方・・・

女性客  :もう会えると思わなかった。

マスター :再会?

女性客  :はい、5年振り・・・

マスター :ひょっとして、初恋の男性?

女性客  :高校のときの担任の先生です。

マスター :先生?

探されていた生徒

マスター :先生ですか?

女性客  :このハガキ、見てください。

マスター :読んでよろしいのですか?

女性客  :はい。

マスター :拝啓。第16回生の君達を送り出して、早5年が過ぎようとしています。田村君ももう社会に出て立派に活躍していることだろうと思います。先日、16回生の同窓会があり、私もみんなから招待され出席してきました。でも田村君の姿が見られなかったのはとても残念でした。君が卒業した後、私はしばらく君のことを探したのですが、家の方も出たらしく消息がつかめませんでした。出来れば私はもう一度君に会いたいのです。幸い同窓会の席上で井上君から君の居場所が判ったものでこの手紙を書きました。この手紙が君の手元に届いたなら、ぜひ私に連絡ください。

女性客  :とても嬉しかった。先生が私のこと探してくれてたなんて。

マスター :お優しい先生のようですね。

女性客  :高校のとき、私はどうしょうもない落ちこぼれの不良だったんです。出席もしてなかったから、卒業出来たのかどうかも判りません。卒業の時期に、卒業式にも出ず家出しましたから。

マスター :・・・

女性客  :もしかりに卒業できてたら、この中島先生のお陰です。私が学校さぼってるのを、もう何百回となく探し回って、引きずって連れて行かれたものです。

マスター :そうだったんですか。

女性客  :そんな形で高校と家を離れましたから、当時の誰とも連絡なんかも無かったのです。でも1ヵ月くらい前、同じ高校だった友達が私がいるお店に偶然来て・・・

マスター :それで先生がお知りになったのですね。

女性客  :先生に連絡取ろうか、どうしょうかだいぶ迷いました。だってブン殴ったこともあるんだもん。

マスター :そういう生徒が一番気になるものですよ。

逃げる生徒

マスター :いらしゃいませ。

男性客  :どうも・・・

女性客  :(小声でマスターに)来た!

マスター :大丈夫ですよ。

男性客  :ちょっと待合せなんです。

マスター :ひょっとしてこちらの方では・・・

男性客  :え!

女性客  :・・・先生。

男性客  :(意外な風に)田村か?・・・田村、千秋か?

女性客  :はい、田村です。

男性客  :そうか、田村・・・奇麗になったじゃないか!

女性客  :ごめんなさい、先生!・・・(泣く)ごめんなさい。

男性客  :おい、どうしたんだ田村。学校当時も泣いたことなんてない奴が。

マスター :どうぞ・・・

男性客  :ああウイスキーの水割りください。
マスター :かしこまりました。

S E ドリンクを作る音

男性客  :おまえ地図下手だから、先生迷っちゃったぞ。でもむかしから、おまえ捜し出すの先生得意だったろ。

女性客  :(ようやく笑って)ごめんなさい。

男性客  :いいよ。でも元気そうでよかった。

マスター :どうぞ。

男性客  :あ、すみません。この子、私の卒業生なんです。

マスター :はい。先程少し伺いました。先生とお会いできるのをとても心待ちしていましたよ。

男性客  :そうか、いやーよかった。また先生から逃げ出すんじゃないかと心配してたんだ。

女性客  :先生・・・

思い出話

男性客  :それで、卒業後どうしてたんだ。

女性客  :もう先生知ってるから言うけど、井上君から聞いたようなお店にずっといました。

男性客  :そうか。がんばってりゃいいんだ。安心した。

女性客  :高校のとき殴ったりして、すみませんでした。

男性客  :もういい。でもおまえ、いいパンチしてたな。女子生徒と本気で殴り合ったのはあの時くらいなもんだ。

女性客  :体育館で抑えつけられて、よくお説教されました。

男性客  :抑えつけとかないと、おまえ逃げるから。

女性客  :あのときは反抗ばかりしてたけど、学校出て水商売やるようになって悲しいことや悔しいことがあったとき、先生の台詞よく思い出しました。

男性客  :どんな?

女性客  :嫌なことから逃げるんじゃない、立ち向えって。

男性客  :そうか。

女性客  :いつも心の支えになってました。

男性客  :今だから言うけど、先生もあの頃は教師新米でおまえを立ち直らせることに必死になってた。半分自分の意地で、だから力づくでやったことが正しかったのかどうか判らなかったんだ。田村が姿を消したときに自分のやり方は失敗だったと思った。

女性客  :ううん。先生は失敗なんかしてないよ。

男性客  :そうか!

女性客  :大丈夫。それにもう1つ、先生が私に言ってくれたことで私を変えてくれたことがある。

男性客  :どんな?

女性客  :なんでも出来るようになれとは言わない。でもな田村、おまえが本当に好きでやりたいことがあるならそれだけをやれ。おまえだけの夢を自分の力でつかめって。

男性客  :そんなこと先生言ったか?

女性客  :いやだ、覚えてないの先生?

男性客  :なにせこっちも必死だったからな。そのときの思いつきで言ったようなところもあるから。

女性客  :わたし看護婦になるの。

男性客  :看護婦?

女性客  :おかしいですか?

男性客  :いや、立派なことだ。でもどうして?

女性客  :小さな頃からの夢だったんです。

男性客  :高校のときは1度も聞かなかったぞ。

女性客  :そりゃあのときはグレてたから。看護婦を希望する不良ってあまりカッコ良くないでしょ。

男性客  :そう言われれば・・・

女性客  :笑わないでくださいね。

男性客  :うん。

女性客  :小学生の頃、好きな男の子がいて。運動会のリレーのときその男の子が転んで膝を擦りむいて泣いたんです。その時私が怪我の手当をしてあげたいと思った時から、ずっと。マスターなら判ってもらえますよね?

女性客  :はい。誰しも憧れや好きになった原因は、ささいな単純な事だと思います。

男性客  :そうですね。僕も教師になりたいと思ったのは学生の頃よく勉強が出来なくて怒られていたから、いつか先生になって今度は怒る方になってやると思ってたなあ・・・

女性客  :なあんだ、先生もそんな理由だったの?

男性客  :うん、やっぱり単純だ。

女性客  :だから私、来年看護学校受けようと今勉強してるんです。

男性客  :そうか田村、先生も応援するぞ。

女性客  :ちゃんとしたら家にも帰るつもりです。

男性客  :そうか、本当によかった。

女性客  :先生のお陰です。

男性客  :本当にそう思ってくれてるのか。

女性客  :昔は嘘ばかりついてたけど、もう嘘は言いません。

男性客  :先生のやり方、間違ってなかったか?

女性客  :私には正解だったと思います。

男性客  :そうか・・・

女性客  :どうかしました先生・・・

男性客  :おかわりください。

マスター :かしこまりました。

グラデュエーション

男性客  :先生な、おまえの力には力で教えようとかなり強引な事もして、それがはたして良かった事だったのかなって、ずっと悩んできたんだ。その後のおまえに会ってその答えを見つけようとしてたんだ。

女性客  :先生・・・

男性客  :先生もおまえと同じくらい悩んでたんだ。でも先生がした教え方が正しかったって、田村が言ってくれたから自信がついた。やっぱり田村に会えてよかった。

女性客  :なんか先生がそんな事、私に打ち明けてくれるなんて嬉しい。すごく大人になった気分。

男性客  :うん、田村はすごく成長した。

女性客  :マスター、私始めて中島先生に褒められました。

マスター :よかったですね。

男性客  :それとな田村・・・これを・・・

S E 紙袋から何かを取出す音

男性客  :おまえに渡したかったんだ。

女性客  :なんですか?

男性客  :これだ。

女性客  :卒業証書!!

男性客  :先生がおまえに直接渡したかったから、ずっと持ってた。

女性客  :(感激)先生・・・

男性客  :マスター、すみませんが聞いててもらえますか?

女性客  :はい、喜んで拝聴させていただきます。

男性客  :田村千秋。

女性客  :はい。

男性客  :卒業証書。あなたは本校の課程をここにすべて終了し、卒業したことを証します。私立須磨女子高等学校・・・さあ田村、受取って。

女性客  :ありがとうございます。

S E 中島とマスターが拍手

マスター :千秋さん。

女性客  :はい。

マスター :ご卒業、おめでとうございます。

おわり

「グラデュエーション(卒業)」
Story by ushi

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