雨宿りに立ち寄ったBAR。カウンターに一人いる身なりの良い美女。雨が取り持つ縁だった。女は男の飲むグラスの液体を血の色みたいに綺麗ね、と言う。そして静かに殺人の共犯を誘いかけてきた。。。
キャスト
男性客(36才)・・・プレイボーイ風。
女性客(38才)・・・麗人風。
マスター ・・・とても冷静でいて神秘的な女性。
※このドラマは音声で聞くことが出来ます。
雨宿り
S E ドアの開閉の音
マスター :いらしゃいませ。
男性客 :いやあ、まいった。よく降るなあ。
マスター :大丈夫ですか?
男性客 :少し濡れただけ。
マスター :よろしかったら、これを(タオル)お使い下さい。
男性客 :ありがとう。ああ、ハンターもらえますか。
マスター :かしこまりました。
S E ドリンクを作る音
マスター :どうぞ。
男性客 :どうも・・・(小声で)マスター、マスター・・・
マスター :はい。
男性客 :あそこの女性、待合せかな?
マスター :さあ、どうでしょう。
男性客 :よく来る人?
マスター :時折、お見えになられますが・・・
男性客 :そのときは、誰かと一緒に?
マスター :さあ、どうでしたでしょう。
男性客 :全く口が固いんだからマスターは。よし、どうせ今日はもう雨に降られた後だ、ダメでもともと・・・(一つ咳払い、席を立つ様子で)あのー・・・お一人でしょうか?
女性客 :ええ・・・
男性客 :よろしければ、ご一緒してもいいですか?
女性客 :(あっさり)ええ、どうぞ。
男性客 :(意外)え、いいんですか本当に?
女性客 :どうぞ。
男性客 :やった。マスター、すみませんこっちへ。
マスター :かしこまりました。
男性客 :いやあ、てっきり断られると思いました。
女性客 :どうして?
男性客 :その、雰囲気が・・・
女性客 :そんなに鼻の高い女に見えまして?
男性客 :とんでもない、その、なんて言うか、近寄り難いほどの美人って言うじゃないですか。
女性客 :いいのよ、私もちょうど話し相手がほしかったところだから。
失踪
男性客 :お待合せじゃなかったのですか?
女性客 :いいえ。
男性客 :そうですか。さっきまでは外の雨が嫌だなあって思ってたのに、こうなるとそんなこと全然気にならない。人間って単純ですよね。
女性客 :雨の取持つ縁ね。
男性客 :(ちょっと嬉しい)そうですよね。縁なんだ、うん。月並みだけど乾杯しませんか?
女性客 :ええ。
S E グラスを合わせる音
女性客 :きれいな色ね、それ何?
男性客 :ハンターです。
女性客 :マスター、私も同じもの作ってくださる。
マスター :かしこまりました。
S E ドリンクを作る音
マスター :お待たせしました。
女性客 :(一口飲み)おいしい。
男性客 :でしょう。
女性客 :色がいいわ。まるで血の色みたいで。
男性客 :やめてくださいよ。僕は苦手なんですよ、そういうのは。
女性客 :そうなの?
男性客 :ええ。話題を替えましょう。今お一人ですか?
女性客 :ええ。
男性客 :(意外)結婚されてないんですか?
女性客 :結婚はしたわ。
男性客 :離婚ですか?
女性客 :いいえ。
男性客 :じゃ別居?
女性客 :いいえ。
男性客 :結婚してて離婚でもなく別居でもなく、ご主人と一緒じゃない。判った、単身赴任。
女性客 :いなくなったのよ。
男性客 :いなくなった。失踪?
女性客 :殺されたんじゃないかと思うの?
死体消失
男性客 :ちょっと待ってくださいよ。ご主人なんでしょ?
女性客 :そうよ。
男性客 :それなのに、そんなシャアシャアと殺されたなんて。
女性客 :主人は会社を幾つか経営してて、その強引な性格に敵は確かに多かったわ。(憎むように)わがままで強引で身勝手。
男性客 :それにしても殺されたなんて。
女性客 :もういなくなってかなりになるわ。
男性客 :・・・
女性客 :普通で考えたら・・・
男性客 :きっと何かの理由で姿を隠してるだけですよ。
女性客 :あの人はそんな性格じゃないわ。妻の私が一番知ってる。
男性客 :でも、仮にもし最悪の事態だったとしても、何かあるはずでしょう。そんな殺人の完全犯罪なんて小説じゃあるまいし・・・
女性客 :どうして?
男性客 :え?
女性客 :その気になれば出来ないことじゃないわ。
男性客 :殺人の完全犯罪をですか?
女性客 :そうよ。そんなこと、あなた考えた事ない?
男性客 :冗談を、そんなこと僕は・・・
女性客 :死体が無ければ、殺人事件になりようもないわ。
男性客 :死体が無ければって、死体を消すのですか!?
女性客 :へたに死体を隠したり、バラバラにしても見つかればおわりでしょ?
男性客 :え、ええ・・・
女性客 :死体を跡形もなく消せば・・・
男性客 :そ、そんなこと・・・
女性客 :簡単な事だわ。
血の量
男性客 :簡単な事って、出来るんですか。
女性客 :ディスポーザーって、ご存知かしら?
男性客 :キッチンについてる・・・
女性客 :ええ、生ゴミ粉砕器。今はいいのが出てるのよ。コーラの瓶だって砕いてしまうくらい強力なやつが。
男性客 :やめてくださいよ!
女性客 :他の方法なら、夫の食品関係の事業部が新たに食品加工用機械を開発してて。その機械はまあ簡単に言えば、巨大な遠心分離器みたいなものなの。
男性客 :遠心分離器?
女性客 :その中に肉なんかを入れて作動さすと、液体と細胞が全く分離するの。
男性客 :・・・
女性客 :もっと簡単に言うわ。見たところあなたは身長175センチ、体重60キログラムというところね。
男性客 :あ、ああ・・・
女性客 :あなたぐらいの人間をその機械の中に入れ、その機械を作動させる・・・
男性客 :ウッ!
女性客 :体重の60から66パーセントが水分だから、あなただったら約36から40リットルの水分が出るわ。
男性客 :・・・
女性客 :血液量は、体重1キロにつき70から100ミリリットル。だからあなたの血液量は約4200から6000ミリリットル程ね。そのカクテルグラスだと、80杯くらい。色もちょうどそんな感じだわ・・・
男性客 :うわッ。
女性客 :水分を取られた他の細胞はサラサラの粉末状態になるのよ。
男性客 :・・・
女性客 :どうしたの、お顔の色が変よ。
誘い
女性客 :おわかりになったでしょ、死体を消すことなんていとも簡単なことだって。
男性客 :う、うん。
女性客 :液体と粉末になれば、後は海に流すなり、風に飛ばすなりして自然に帰してあげるだけ。
男性客 :そ、そうだね。
女性客 :マスター、もう一杯同じものお願い。とても気に入りましたわ、この・・・
男性客 :ハ、ハンター・・・
女性客 :ええ、そのハンターを。
マスター :かしこまりました。
S E ドリンクを作る音
マスター :どうぞ。
女性客 :ありがとう。うん、おいしいわ。どうしたの、もうお飲みにならないの?
男性客 :いいえ、飲んでますよ。
女性客 :それとね。
男性客 :はい。
女性客 :こんなことご存知かしら。
男性客 :ま、まだあるんですか?
女性客 :死体を消すのはいいんだけど、ちょっと困ったことが起きるのよ。
男性客 :そりゃあ困るでしょ、いろいろ。
女性客 :死亡届が出せないのよ。
男性客 :あ、ああ、そうですよね。死体が無けりゃ死亡の確認はできませんよね。ハハハ・・・
女性客 :失踪した人を死亡と断定するのって、結構時間と手間が掛かるのよ。知ってて?
男性客 :いいえ、知りませんよ。
女性客 :裁判所から失踪宣告の確定っていう、ややこしい承認がいるの。
男性客 :お詳しいですね。
女性客 :それを邪魔する人がいるの。死んだ主人の顧問弁護士。
ハンターバニッシュ
男性客 :弁護士?
女性客 :そう。どこにでもいるじゃない、融通の効かないへんに忠実な男ッて。
男性客 :え、ええ、そうですね。
女性客 :あなただってそんなとき思わない?
男性客 :え?
女性客 :消えて無くなればいいのにって。
男性客 :(恐怖の笑い)
女性客 :そうでしょ。あら、ちょっと失礼するけど待っててね。まだお話しの続きはあるから。これもきっと何かの縁よね。そこで待っててよ。すぐ戻るから。(席を立つ)
男性客 :(ガタンと席を立つ)マスター!
マスター :はい。
男性客 :よくそんな澄ました顔していられるね。
マスター :どうかされましたか?
男性客 :どうかじゃないよ、あの女、異常だよ。自分の亭主を殺してるんだ。それで今度は、弁護士を殺そうと僕に話を持ち掛けてる。聞いてて判らないのかい?(ドア付近で)悪いけど僕は警察には届けない、関わりあって消されるのはごめんだから。
マスター :まだお飲み物が・・・
男性客 :悪いことは言わないから、関わりあっちゃいけないよ。
S E ドアの開閉の音。
マスター :お客様・・・
女性客 :飛んで逃げたでしょ。
マスター :はい。
女性客 :あのお客でしょ、ここに来る女性客にやたら声掛ける奴。前に、マスター困った顔してたから。
マスター :ありがとうございます。
女性客 :あ、もうこんな時間か。そろそろ私も帰ります。本当においしかったわ、ハンター。
マスター :お客様。
女性客 :なに?
マスター :こんどいらっしゃる時は、ぜひ旦那樣もご一緒に。
女性客 :そうね。うまく二人とも当直が外れたときに。結構医者同士の共働きって、時間が合わないのよ。
おわり
「ハンターバニッシュ」
Story by ushi