主人公の籬翔太(まがきしょうた)は大学生。バイト仲間と居酒屋で飲み深夜に家に帰ると、恋人の栗山綾香(くりやまあやか)から「今すぐ来て、来てくれないと別れる」とLINEが入る。
辟易としながらも翔太は家の車で深夜に綾香のアパートへ向かう。途中、鈍い音と共に女性の悲鳴を聞く。車で何かを引きずるような感覚と女性の絶叫が続く。飲酒であり、怖くなった翔太はブレーキを踏むことなく次の信号まで疾走する。
結局怖くなった翔太は車をパーキングに留めて、タクシーで自宅へ直行する。そのアクシデントの為、翔太は綾香の元へは訪れなかった。
翌日、ひき逃げのニュースが流れ、翔太の元へは刑事が現れる。翔太には、裁判の結果4年10カ月の実刑が下る。
翔太に轢かれたのは法輪君子(のりわきみこ)82歳で、その夫法輪二三久(のりわふみひさ)87歳で認知症を患っている。時に自分の妻がひき逃げで死んだことさえも忘れてしまう。
実刑を終えて社会に戻って来た翔太に、元のバイト仲間が集まり表面的には励ますが、その裏で友人たちは翔太の事を社会復帰不可能な欠陥人間的呼ばわりしていることを知り、愕然となる。
自分が轢き殺した老女への懺悔の意味で、翔太は介護老人ホームの職につき一時は立ち直りの姿を見せる。
翔太が刑期を終えて出所した事を知った痴呆症の二三久は、なんと探偵を雇い翔太の素行調査を依頼する。そして翔太の居所を知ったニ三久は、旧来の部下の手助けを借りてなんと翔太が住むアパートへと引っ越す。
しかしニ三久は痴呆症の為、朝起きるとなぜ自分がアパートなどに住んでいるかが思い出せない。なんとか思い出すと、ちゃぶ台に「引出しの書類を見ろ」と殴り書きをする。書類とは翔太の素行調査書であり、自分の妻が翔太に轢き殺された一切が書かれている。それを忘れない為に、毎朝ニ三久は翔太の調査依頼書を読む。
ある日勤務を終えた翔太がホームから出て来たところで、刃を持つニ三久が現れる・・・
告解とは、信者が司祭に自分の罪を告白して神様の許しを得ることを指す言葉。
タイトルのこの「告解」という言葉を時に思い出して読んでいると、最終的には翔太がニ三久に自分が被害者を生きたまま200mも引きずり殺した事を懺悔し、許して貰う、ということが大団円だと思うだろうけど、この小説のラストは全然違うところへとスポットは向けられていく。
人間真っ当に生きていても、何かの拍子で被害者にでも加害者にでもなってしまう場合もある。この小説の凄さは、加害者側の人たちの人間模様も、そして被害者側の人間模様も克明に詳細に描いているところだ。
なので、どちら側の心境も分るので、ドラマ的に両者がぶつかり合うシーンを予期するところでは、危ないからもうそれ以上進まないで、、、みたいな感情移入が起り、ページを繰るのを止めたくなる箇所も何度もある。
翔太が轢き逃げを起こす間接的原因を作った翔太の恋人綾香は、翔太の出所後もけなげに翔太を支えようと支援する。
事故当夜、綾香は電車もない深夜翔太に「今すぐ来て、来てくれないと別れる」と打った真意は・・・
ドラマ副題にもなっている老人の痴呆症。主人公のニ三久が、日に日に自分の生きて来た記憶が欠落し壊れていく描写もリアルで、痛々しい。
これは誰にでも起こりうる現実なのだ。
人間の脆弱さを描き、そしてそれを踏まえて生きて行かないといかない、という大テーマが刺さる作品でした。