あらすじ
その事件は渋谷のスクランブル交差点で、人混みのある午後6時半に起こった。
26歳の小野寺圭一が男性一人、女性二人をいきなり斧で斬りつけた。男性はその場で死亡、女性二人は瀕死の重傷で病院に運び込まれる。
被害者の内の一人浜村明香里26歳はその日、誕生日のデートの約束を恋人の東原航平からキャンセルされ事件場となったスクランブル交差点を憤慨しながら歩いていた。そこで事件は起きた。
明香里と眼が一瞬合った犯人小野寺圭一は、おもむろに明香里に近づき手に持つ斧を振るい明香里に切りつけた。咄嗟にバッグで顔を覆った明香里だが、全身17カ所を切りつけられその場に臥す。明香里が一命を取り留めたのは、飯山晃弘48歳という男が身を挺して明香里を守ったからだった。
コンクリートに倒れた明香里は、目の前で飯山が絶命する瞬間を見届ける。そして飯山の最期の言葉を聞く。
「約束は守った…、伝えて欲しい」と。
犯人の小野寺の動機は刑務所に入ることが望みで、誰でも一人殺す事だったという見解を聞き、一人のフリーライター溝口省吾が独自調査を始め出す。
溝口の調査の動機は犯人の小野寺の生い立ちが、自分と極度に似ていたからだ。二人は母親から育児放棄の上、極度の暴力を振るわれたという同じ過去がある。その果てに溝口は自分の母親を殺し、少年院にも入っていた。今でも晴れない自分の心の傷の正体を暴くためにも、この犯人の小野寺の過去を探る。
心身共にダメージを受けた明香里は、PDSTの影響もあり自暴自棄になる。仕事を辞め、実家の静岡に帰っても家族に当たり散らす毎日を送り、挙句の果てにはアルコール中毒と化す。
どん底の明香里を立ち直せるきっかけになったのは、自分を命と引き換えに守ってくれた今は亡き飯山晃弘だった。彼が最期に残した「約束は守った…、伝えて欲しい」という言葉の真意を探りたいと思い、明香里は飯山が伝えたかった相手を探す旅に出る・・・
感想
この作家、薬丸岳(やくまるがく)氏の特筆すべき点は、読者を物語の中に引き込むパワーが凄いということだ。
映画や本でも読み始めても、なかなかその世界観に入れないものもある。
何が違うのかと言えば、その物語に登場する人物にいかに早く感情移入出来るか否かにある。
ということは、この薬丸岳氏が描く人物たちはどれも臨場感に溢れ、すぐ目の前に居るような感覚となり、シンクロ出来るのだ。
素晴らしい作家だと思う。