単身赴任中知り合った二人の男。どちらも同じような仕事という理由で、親しくなった。一人の男が仕事が終わったことで、最後の夜をBARで過ごす二人。一人の男が趣味で書くSF小説の話が・・・
単身赴任仲間
S E ドアの開閉の音
マスター :いらっしゃいませ。
戸 田 :どうぞ、こちらです。やあマスター。
マスター :お久しぶりです。
前 橋 :感じのいいお店ですね、上品で。
マスター :ありがとうございます。
戸 田 :まあどうぞ。僕はブランディを。前橋さんは?
前 橋 :じゃ私も。
戸 田 :大丈夫ですか?
前 橋 :ええ、挑戦してみます。
戸 田 :(笑って)そうですか。じゃ2つお願いします。
マスター :かしこまりました。
S E ドリンクを作る音
戸 田 :マスター、紹介しておきますよ。僕の隣人の前橋さん。
マスター :始めまして。
前 橋 :よろしくお願いします。
戸 田 :彼も僕と一緒で単身赴任の身なんですよ。
マスター :そうですか。今後ともよろしくお願いします。
前 橋 :はあ・・・
マスター :どうぞ・・・
戸 田 :ありがとう。前橋さんは真面目な人でこれまで酒も飲んだことがないってんだ。だからこうしてちょくちょく僕が教えてあげてるんですよ。
前 橋 :感謝してます。
戸 田 :冗談ですよ。本当は一人で飲むのが寂しいもんで無理して付合ってもらってるんです。
マスター :仲がおよろしいのですね。
戸 田 :彼は迷惑がってんのじゃないかな?
前 橋 :とんでもない。
戸 田 :では優しい隣人に感謝して、乾杯。
S E グラスの合わさる音
市場調査
戸 田 :ダメダメ、ブランディという酒はそんなに一気に飲んじゃもっと味わって飲なきゃ。
前 橋 :味わって?
戸 田 :そう、これは直接の食物じゃないんだ。なんて言うのかな楽しんだり、お喋りをしながら・・・
前 橋 :楽しんだり・・・
マスター :きっとお強いのでしょう。おかわりを?
前 橋 :どうも・・・
戸 田 :(取り繕うように)そうかもしれませんね。
マスター :(ドリンクを作りながら)ご一緒の会社ですか?
戸 田 :いえ、ただ偶然マンションの部屋が隣になったんです1階にある喫茶店で朝何回か朝食が一緒になって、知合ったんです。同じ境遇だからすぐ打ち解けて・・
前 橋 :知らない土地で始めての友人が前橋さんで本当に良かったです。
マスター :どうぞ・・・実家はどちらです?
前 橋 :(困惑して)え、ええ・・・遠方です。
戸 田 :(助けるように)彼も東京ですよ。それで神戸の支社に。
マスター :そうですか。
戸 田 :仕事内容も訊けば僕と似てます。その土地の市場調査をして、その調査結果を定期的に本社に送る。だから色々な土地へ行くんです。僕はそんな仕事にはもう慣れましたが、前橋さんはまだ慣れていないらしく・・
前 橋 :失敗ばかりです。
戸 田 :心配いりませんよ。次第になれますから。
前 橋 :そうでしょうか?
マスター :ええ、もう慣れてらっしゃいますよ。
前 橋 :え?
マスター :ブランディーの飲み方が・・・
SF小説
戸 田 :前橋さんは文才があり小説を書くんですよ。僕もこの間読ませてもらったけどあれはなかなか面白かった。
前 橋 :いえあれは、僕のレポート・・・。
マスター :ジャンルは?
戸 田 :SFです。
マスター :SFですか?
戸 田 :宇宙人が地球人に化けて、地球の調査に単身赴任で来るんです。家族を自分の星に残して、自分の星の命令でイヤイヤね。
マスター :面白そうですね。
戸 田 :地球の習慣に慣れない宇宙人は最初人間にいじめられるんですよ。
マスター :その宇宙人は何を調査に来たのですか?
戸 田 :地球を滅亡させるか、存続させるか。宇宙全体から見て平和な星か、有害となる星か。
マスター :彼の報告次第で地球は滅ぼされてしまうわけですね。
戸 田 :ええ、最初人間に迫害されておまけにホームシックにもなったわけだから早く役目を済ませて帰りたいわけですよ。だから自分の星へ滅亡させろと報告する。
マスター :それで?
戸 田 :でもイジケてる時一人の地球人と友達になるんです。単身赴任で働いている男と。話す内に全く自分と境遇が似てるわけですよ。地方から出てきてる理由で都会人からバカにされ、上司にいじめられてるんです。
マスター :それで二人は意気統合していく・・・
戸 田 :ええ、その地球人もうだつの上がらない真面目な宇宙人に親近感をもってくる。地球人は単身赴任の先輩ぶって、真面目な宇宙人に人間の楽しみを色々教えてやるんです。
マスター :どんな?
戸 田 :女遊び、酒、ギャンブル、旅行、恋・・・始めは嫌がっていた宇宙人も次第に人間というものを理解していくようになる・・・
異星人間の友情
マスター :それでその物語の最後はどうなるのですか?
戸 田 :その宇宙人は偶然に自分が地球人ではないことがバレちゃうんですよ。それでその宇宙人は本当の事を地球人の親友に打明けるんですよね。
マスター :地球人は驚きますね。
戸 田 :驚くだろうとその宇宙人も訊くんですよね、でもその地球人はこういうんです「おまえが地球人であろうと宇宙人であろうと俺達が友達でいることにかわりはない」と。それで宇宙人も答えていうんです「僕達の友情に誓って地球は守ります」とね。
マスター :素敵なお話しですね。
前 橋 :(困惑して)ええ、どうも・・・
戸 田 :マスターは宇宙人はいると思いますか?
マスター :どうでしょう・・・
戸 田 :最近夜空を見上げたことは?
マスター :そういえばあまり・・・
戸 田 :もう都会では星はあまり見られませんものね・・・
マスター :そうですね。
戸 田 :でも山にでも行って夜空を見上げてごらんなさい。まだまだ見えますよ。こんなにもあったのかと思うほど。
マスター :そういえば幼い頃見た記憶を思い出しました。あまりの多さに見とれていたように思います。
戸 田 :そうですよ。そしてそれだけある星の中で人間だけが生きてるってほうが不思議じゃありませんか?
マスター :そう言われればそうですよね。
戸 田 :そう考えるのは人間の驕りですよ。
マスター :はい・・・
戸 田 :ちなみに彼の小説に出てくる宇宙人は時々目が金色に光るんですよ・・・
帰還
戸 田 :僕は来月本社へ帰ります。
マスター :そうですか、ではこちらでの調査が終わったのですね。
戸 田 :一応。
前 橋 :せっかくお友達になってもらったのに残念です。
戸 田 :なーに、またすぐに誰かいい友達が出来ますよ。僕よりずっといいここでの友達が。
前 橋 :そうでしょうか?
戸 田 :きっとあなたならうまくやれますよ。
前 橋 :戸田さんには仕事上でも色々アドバイスを頂き、参考になりました。
戸 田 :大げさに言わないで下さいよ。でも一番大切なのは自分の目で見て、考えることですよ。それだけ我々がしている任務は大切な事ですから。たとえ会社が違っても・・・
前 橋 :ええ、判ってます。僕はこれからまだまだ勉強しなくてはならない事が山程あります。
戸 田 :彼は勉強熱心なんですよ。
前 橋 :あ、いけないもうこんな時間だ。
戸 田 :もう一杯だけどうです?
前 橋 :いえ、遠慮させて下さい。本社に報告を送る時間ですので。
戸 田 :そうですか。せっかくブランディの飲み方がうまくなってきたのに残念ですね。
前 橋 :じゃ、御馳走様でしたマスター。
S E ドアの開閉の音
マスター :ありがとうござッ(驚き)・・・!
戸 田 :ん、どうかされましたかマスター?
マスター :・・・
戸 田 :まるでお化けでも見たようなお顔をされて。
マスター :今、彼が暗がりに出られるとき眼が、グリーンに・・・
戸 田 :緑色に光ったと・・・(笑い出す)お気のせいでしょう。さっき僕があんな話をしたからでしょうきっと、それに色は緑色ではなく金色ですから・・・
ダークゴールド
マスター :どうぞ。
戸 田 :おかわりは言ってませんが?
マスター :お仕事が一段落されましたので、これは当店から・・・
戸 田 :それは有難い、頂きます。ありがとう・・・マスター?
マスター :はい?
戸 田 :奢って貰ったから言うわけじゃありませんが・・・マスターや、マスターを慕って集まってくるここのお客さんみたいなお優しい人々ばかりだったら・・・
マスター :はい?
戸 田 :戦争や争い事なんか無くなるのに・・・
マスター :え?
戸 田 :私は個人個人には悪い人間はいないと信じてます。それが組織とか国家という集団になると、おかしくなる。悲しい事だが・・・
マスター :(戸惑う)ええ・・・
戸 田 :すみません変な事を言って。僕もさっきの話に影響されたのかな(笑う)
マスター :私もさっきのお話しに影響されたとして、一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか?
戸 田 :なんでしょうか?
マスター :報告書にはなんと?
戸 田 :(ちょっと間を取って笑い出す)マスターは大変ユーモアのある方だ。
マスター :私は友情と信頼を信じたく思います。人間同士、そしてたとえそれが異性人であっても・・・
戸 田 :成程・・・私もそう願います。報告書には・・・決断の時期尚早、今だ成長課程にあり、今後の存続に期待・・・
マスター :猶予期間?
戸 田 :まあ、そんなところなんじゃありませんか、あの物語の宇宙人の報告内容は。もっとも僕の想像ですけど・・・
マスター :ありがとうございます。
戸 田 :僕もマスターへ、最後に一つだけお願いがあります。
マスター :なんでしょう?
戸 田 :それは(ちょっと躊躇)・・・僕があのドアから出るときもし眼が金色に光っても、驚かないで下さいね。
おわり
「単身赴任」
Story by ushi