朝風呂の湯船から気持ちよく北島三郎を熱唱する変なヤツ。ついついその爽やかにもノー天気な勇二と知り合ったさつきは、彼に誘われるまま朝日が昇る海岸へと彼のジープで走る・・・
キャスト
男・野本勇二 (24才)・・・大学生。アルバイトに警備員をしている。おおらかで自然体な 生き方の持主。
女・吉原さつき(21才)・・・理容師。明るく人なつっこい。
1 朝日湯・湯舟の中
男 :(唄・ガンガンにエコーが効いて)は~るばる来たゼ函館!轟く波を乗り越えて~♪後は追うなといいながら~♪
S E アルミ戸を開閉する音
2 同・脱衣場
男 :後ろ姿で泣いてた君を~思い出す度会いたくて~と~てもガマンが~出来なかったヨ~っと。おばちゃん、コーヒ牛乳ね、ここ置くよ。(飲む)あー、うまい!朝風呂の後はやっぱりこれにかぎるわ、うん。さてと、そろそろ洗濯も出来てる頃だろ。おばちゃん、また来るから。それじゃ。
3 同内にあるコインランドリー
男 :(先程の唄をまだ鼻歌で歌っている)
女 :その唄、よっぽどお気に入りなのね。
男 :え?
女 :とても気持よさそうに歌ってたわね。
男 :あれ、君も入ってたの?
女 :ええ。
男 :そうか、聞こえちゃったか・・・
女 :聞こえたっていうより熱唱よあれは、それもフルコーラスで3回。
男 :(他人事みたいに大笑い)
女 :洗濯ですか?
男 :ああ、ここの銭湯は便利だね。朝6時からやってるし、コインランドリーもあるし、おまけにカラオケも置いてる。どうだいこれから一緒に歌わないか?
女 :朝からはちょっと・・・
男 :残念だな。君もこの朝日湯によく来るのかい?
女 :ええ、時々。
男 :じゃ近所かい?
女 :東灘です。
男 :東灘からわざわざ来るの?
女 :私の近所には朝からやってるお風呂屋さんなくて。
男 :でも来る価値はあるよな、絶対。
女 :そうでしょ。
男 :朝日が差し込んで、湯舟がキラキラ光るのをみながらお湯の中で体を伸ばすのって最高にリラックス出来るもんなあ。
女 :そうそう。それで桶の音なんかがコーンって響くのがとても心地よいのよ。
男 :わかるなあ。
女 :友達には笑われるけど、私にはお気に入りの場所。
男 :入らないとわからないさ、朝風呂のよさは。
女 :脱水機止まってるわよ。
男 :これからの予定は?
女 :別に無いわ、今日は仕事はお休み。
男 :そうか、それじゃもっとリラックス出来る場所に付合わないか?
4 走るフルオープンのジープ
女 :私、ジープに乗るのって始めて。
男 :風が気持ちいいだろ?
女 :ええ、でも恥ずかしい。
男 :どうして?
女 :だって、後ろでトランクスがはためいてるんだもん。
男 :こうするのが一番早く乾くのさ。
女 :あなたって全く傍目を気にしない人なのね。
男 :そうかな。
女 :まだ自己紹介してなかったわね、私は吉原さつき。
男 :野本勇二。
5 須磨海岸
S E 波の音
女 :須磨の海岸か・・・
男 :さあシート敷いてやったから寝っ転がてみて。
女 :寝転ぶの?
男 :うん、こうやって大の字に・・・
女 :・・・なんか、変な感じ・・・
男 :どうして?
女 :だって、空っていつもは見上げたところにあるのに、眼を開けたまん前にあるんだもん。
男 :(笑って)それはただ寝た状態で空を見たことがなかったからさ。
女 :そうね。でも、気持ちいい・・・
男 :だろ、すっごくリラックス出来るだろ?
女 :うん・・・あ、雲が動いてる。
男 :もうすっかり秋の雲だ。
女 :そうなの?
男 :年中見てりゃ判るよ。
女 :ふーん・・・お仕事は何してるの?
男 :警備員、アルバイトだけど。本業は学生。大学の6回生。
女 :じゃこれから大学行くの?
男 :いや。
女 :バイト?
男 :バイト帰りにあの風呂屋に寄ったんだ。
女 :夜勤?
男 :うん。コアラを安眠させてた。
女 :なに、それ?
男 :今王子動物園で新しく厩舎を建て直してて、工事用のダンプが出入りしてるんだ。
女 :交通整理ね。
男 :うん。コアラ舎はダンプのちょうど通り道にあってね、コアラってすごく神経質な動物でいささかノイローゼ気味になってるんだ。
女 :かわいそう。
男 :注意するんだけどダンプの運ちゃんは全然スピード落としてくれないの。
女 :安眠妨害ね。
男 :でもさ、その隣にいる山嵐とヌートリアっていう鼠は地響きの中でもグーグー寝てる。
女 :コアラと違って図太いのね。
男 :まあ、動物の中でも色々いるさ。人間と一緒で。
女 :おかしいわね。
男 :君の仕事は?
女 :理容師なの。
男 :サンパツ屋さん?
女 :東灘にあるの。瀬戸っていう交差点のすぐ近く。一度来てみて。
男 :俺の髪を君が切ってくれるのかい?
女 :切り応えがありそうだわ。
男 :伸ばし放題だから。
女 :ちゃんとすればハンサムになるわ。
男 :さつきちゃんを指名すればいいんだな。
女 :来ればすぐにわかるわよ。
男 :そうか・・・彼氏はいるの?
女 :いればお休みの日にわざわざお風呂やさんには来ないわ。
男 :出来たら彼氏に教えてやれよ、朝風呂の良さを。
女 :うん、そうする。・・・あなたは?
男 :え?
女 :彼女。
男 :いない。
女 :そうなの。一緒にいたら楽しい人なのに・・・
男 :ノー天気だからか?
女 :そんなじゃなくて・・・とてもリラックスできるの。
男 :朝風呂みたいな男か?
女 :まさしくそんな感じ。
男 :だったら彼女になってよ。
女 :(驚く)え!?
男 :俺の・・・
女 :そんな、急に・・・だってついさっき会ったばかりなのに・・
男 :・・・
女 :まだお互いの事あまり知らない訳だし・・・
男 :・・・
女 :そうでしょ・・・ん?
男 :(鼾)
女 :ちょっと・・・
男 :(鼾)
女 :寝ちゃったの・・・(吹き出す)やっぱり変なヤツ・・・でも気持よさそうに眠ってる。(笑う)子供みたい・・・
S E 波の音
男 :(目覚める)ん・・・あれ、夕焼けだ・・・きれいだな・・・俺、確か誰かと喋ってたような気がするけど・・・夢かな?なんだ、これ?・・・楽しいひとときをありがとう。夢の邪魔をしないよう起こさずに帰ります。気が向いたらヘアーのお手入れにぜひ来て下さい。地図を添えます。PS・夢の前の会話もう一度聞かせて下さい。朝風呂のようなあなた。さつき。さつき・・・夢じゃなかったんだ、そうか。よしッ一風呂浴びに行くか!
おわり
「朝風呂のようなあなた」
Story by ushi
『朝風呂のようなあなた』メイキング
この『朝風呂のようなあなた』は僕が時々行く近所の平和湯というところで、浮かんだストーリーです。この平和湯は24時間風呂で、僕は原稿を書き終えた朝に湯船に浸かりにいくのが好きでした。
湯船の朝日の輝きを見ながら、こういう気持ちのいい時に歌うのはどんな歌かな、と考えた時、やはり爽快な北島三郎の「函館の女」だろうとイメージしました。
そして、こんな状況で北島三郎の「函館の女」を歌わせるのは、どんなキャラクターがいいか、と考えた時、おっさんでは当たり前になるので、若い青年が気持よくエコーを聞かせて歌っていたら・・・
とイメージをします。
その歌声を、隣の女湯に来てた女の子が聞いていたら・・・
みたいなにして出来たストーリーだったと思います。
ドラマって、色々な個々にあるイメージが繋がった時に出来上がるんです。