at23:00

格子のある部屋

私立探偵のもとへ人探しの依頼が定期的にくる。探し出した人物の邸のすべての窓には格子があった。それは過剰に他人を疎外しての格子なのか、あるいは・・・

※このドラマは音声で聞くことが出来ます。
https://ushioda-masaaki.com/mp3/koushinoaruheya.mp3?_=1

島田 :(N)すべての事実を知ったのは、薄れいく記憶の中で、自分の右腕が徐々に切断されていくのを見た時だった・・・

S・E 電話の呼び出し音

島田 :はい、島田探偵事務所です。

飯田 :(老人特有の咳き込み)失礼、飯田ですが、今回はどうでした?

島田 :今回も違いましたね。

飯田 :そうか。では次の住所を送るのでいつも通りでよろしく。調査費用もいつも通りの君の講座に振り込んでおくから。

島田 :承知しました。

飯田 :よろしく。

S・E 受話器を置く音

島田 :(N)この老人の依頼は、2ヶ月ほど前からはじまった。ある人間を探しているらしく、いつも電話で指示された住所に行き当人がいるかどうかを確かめる。仕事はいたって簡単であり、捜査費もきっちり振り込んでくれるのでこれほど楽な仕事もない。

S・E 砂利道をバスが走る音

島田 :(N)行き先はいつも驚くほどの僻地だった。今回もそのようだ。なんでも探している当人は極度の人間不信であり変コツらしい。でも依頼者の飯田さんにとっては同じ足の障害を持つ古い友人らしいのだ。どうしても探して会いたいらしいが、足が不自由なので自分で探すことは出来ず、俺に依頼してきたようだ。実際飯田さんには電話だけで、会ったこともないが支払いは約束通り、それも前金でしてくれるので上得意というところ。たまにはこういう美味しい仕事もないと。

S・E 舗装されてない道を歩き続ける音

島田 :(N)飯田さんが探してる人は、人間不信が強まり家の窓という窓には格子を入れているらしい。それを探す目印にしてくれと言われている。まあ俺も仕事柄、変わった人種には嫌というほど会ってるので、多少のことでは驚かない。別にどんな人間でもいいのだ。探し出すだけが仕事なので、後のことやその人間がどうのこうのは俺には関係ない。

S・E 立ち止まる足音

島田 :あったぜ・・・。確かに窓という窓には格子が入ってる。でも、すげえ家だな。家というより洋館って感じか・・・

S・E ドンドンドンとノックをする音

島田 :畑野さんッ!開けてください!

飯田 :(N)彼は極度の人嫌いだから簡単には会えないかもしれない。(咳き込む)失礼、でもワシの名前を言えば必ず会える。

島田 :畑野さん、わたしは飯田さんに頼まれて来た者です!飯田さんが、あなたを探してるんですよ!あなたの古い友人の飯田さんです!

S・E 間を置いてから重い木製のドアが開く音

畑野 :飯田とは、飯田光蔵のことか?

島田 :ハイ、そうです。飯田さんに頼まれて来た島田と申します。

畑野 :そうか・・・あいつに頼まれて来たのか・・・

S・E 板張りの中を歩く靴音

畑野 :6ヶ月ぶりだ。

島田 :は?

畑野 :人間に会うのがな。

島田 :そ、そうですか。

畑野 :車椅子のおいぼれなど、世間に出てもなんら役にもたたんだろ。

島田 :そんなこともないでしょうけど。

畑野 :メシでも喰うか?

島田 :いえ、わたしはあなたの所在を確認しに来ただけです。依頼人の飯田さんにご報告する後の仕事もありますから。

畑野 :彼の連絡先を教えてくれたら後でワシから連絡をする。礼と共に。6ヶ月も人と喋ってないと言葉も忘れそうになる。

島田 :(笑って)それではお言葉に甘えようかな。実際おなかも空いてますので。

島田 :(N)なんだ、聞いてたほど変人でもなそうじゃないか。身なりもよく金持ちそうだ。仲良くしていれば、また仕事を貰えるかもしれない。こういう人種は金に糸目をつけないのでいい客となる。適当に好かれるようにしとこう。

島田 :うまいッ!滅茶苦茶美味しいですね、この料理。

畑野 :人に手料理をご馳走するのは、それこそ何年ぶりかだ。

島田 :昔、コックさんとかしてたんですか?

畑野 :別に。

島田 :それにしても美味しいですよ。フォアグラっていうヤツですか、コレ?

畑野 :・・・

島田 :でも、お独りだと寂しくなるでしょう。

畑野 :別に。

島田 :何か趣味なんかを楽しんでるんでしょうか?

畑野 :そうかもしれん。

島田 :趣味は、なんですか?

畑野 :別に、大したもんじゃない。

島田 :音楽とか、映画とか?

畑野 :音楽は聞かん。映画は数年前に観た限りだ。でも、内容的に監督が勉強不足だったので(咳き込む)失礼、興ざめした。

島田 :専門的な見方をするとは、映画にお詳しいんですね。ひょっとして昔映画のお仕事をしてたとか。
畑野 :人食い”の映画だった。

島田 :ヒトグイ?・・・ああ、一時話題になった映画ですね。僕も観ましたけど、迫力ありましたね。でも僕はああいうの苦手なんです、実は。

畑野 :映画での殺人や、猟奇なんてのはリアリティがない。みんな勉強不足だ。もっとも経験した者がないので当然だろうけど。(咳き込む)失礼。

島田 :画面で観るのと、実際ではだいぶ違うものなんですか?

畑野 :人間ってのは、なかなか殺そうとしても実際死ぬもんじゃない。

島田 :あッ・・・

畑野 :わかるかね、キミ?(咳き込む)

島田 :て、手が・・・

畑野 :カニバリズムという言葉を知ってるかね?

島田 :(苦しげに)て、手が・・・

S・E ナイフとフォークを落とす音

畑野 :わたしには若い時から憧れた性癖があったね。(咳き込む)失礼。

島田 :(喘ぐ声)

畑野 :喋りつらそうだね。なら、わたしが話し続けよう。そうだ、先ほどキミは映画の話もしたね。キミも観たというその映画には、人間の脳を食べる場面も出てくるが脳というのはあんな鼠色みたいな色じゃないんだ。もっと人肌に近くてね、細い血管が浮き立てるんだ。それは美しいもんだよ。(不気味な笑い)

S・E 椅子の倒れる音

畑野 :どこへ行くんだい?まだ料理が残ってるよ。もっともキミの料理には特別なスパイスを利かせたから、喉が渇いたのかね?ワインならボルドーの特上のもがあるけどどうだね?

島田 :(搾り出す声で)た、助けてくれッ!・・・

畑野 :映画の話を続けよう。あの映画の主人公は五体満足だ。羨ましかったよ。それに比べわたしは足が少々不便で車椅子を使っている。映画の主人公みたいに街に出掛けて獲物を獲れない。でも、私もあの主人公同様頭は回る方だ。こちらが行けないなら、来てもらえばいい。それだけのことだ。(咳き込む)失礼。

S・E 冒頭のシーンでの会話(主人公の回想)

飯田 :(老人特有の咳き込み)失礼、飯田ですが、今回はどうでした?

島田 :あ、あんたは・・・

S・E 自由が利かなくなった体で倒れながら逃げる音

畑野 :どうしたんだい、食後の運動かね?ああ、そっちに行っても出れないよ。この家の窓にはすべて格子が入ってるからね。キミに最初に言ってあるだろう。無駄な努力だよ。

島田 :あう、あうッ(もがく呻き声)

畑野 :人間はなかなか死なないものだと言ったろ。どうだい、自分の脳みそを味わってみないか、私と一緒にもう一度ディナーを楽しもう。私の一番好きな料理だから今度はわたしも饒舌になると思うよ。(不気味な笑い)

S・E チェーンソーの回転の音

島田 :(エコーを効かせた絶叫)

S・E ブリッジ音

間を十分においてから電話のベル

声  :(女性)ハイ、帝国調査事務所です。

飯田(畑野) :少し探して欲しい人間がいるのだけど(咳き込む)失礼。お願い出来るかね?

BGM 内容にふさわしい曲がせり上がってくる

おわり

「格子のある部屋」
Story by ushi

モバイルバージョンを終了