シェリーを燻らせながら恋をビジネスとする女。取引という関係から、情へと移行させたい男。駆け引きのあるアーバン・ラブストーリー。
玲子は先ほど半分ほど残してあったフィーノをシェリーグラスに注いだ。ボトルは”事”の前に最上階にあるラウンジからルームサービスで取り寄せていた。
フィーノは代表的な精強化ワインだ。早い話しがブランデーを入れてアルコールを強化したワインなのだ。樽の中でフロール(花)という名前の白い膜が出来る。これがシェリー特有のあの香りとなる。
シェリーというかわいい名前だけど、この独特の香りと辛口のため苦手な人も多い。どこか自分に似ていると、馴染みのバーテンダーに言われたことが気に入って玲子はこのフィーノを愛飲するようになった。
この部屋は27階にあり、北向きの窓からは神戸の街並のイルミネーションが一望出来る。
「玲子」
バスタオルだけを身に纏った彼女を、背後の男の声が呼んだ。ゆったりと肩元辺りをカールした髪が回転し、ベッドにいる男を見た。
男は裸体の上半身を起こし煙草を燻らしていた。
「玲子、こっちに来てくれ」
と、男は玲子を手招きした。
年齢の頃は40代半ばだろうか。彼とは月に1、2度会う。会えばこういうホテルのバーで飲み、客室へと入る。こういう関係がすでに1年は続いている。仕事は何かの会社を経営していると言う。ガッチリとした体格に口ひげが似合う。飲み屋にでも行けば、そこそこはモテるであろう。
玲子はシェリーグラスを右手に持ち、彼がいるベッドまでゆっくりと歩いた。部屋は最小のダウンライトと、月灯りだけだった。
玲子は言われたように、彼の脇に腰を落とした。男は腕を玲子の腰に回し首筋に唇をあてた。玲子はグラスから液体がこぼれないように注意しながら、サイドボードの時計を見た。
デジタル文字がpm11:42と示していた。
彼の玲子への要望は「確認」なのだと玲子は思っていた。彼の風貌なら飲み屋で会った女の子を、口説いても落ちる確率は低くはないかもしれない。それにそういうことも事実彼は時折玲子に口にする。
玲子に本気になって欲しいのかどうか判らぬが、多分自分が口説いて落ちない女はあんまりいないという「確認」を、この関係でも最終的に確かめたいのかもしれない。
真意は彼に聞いた訳ではないのでわからない。でもはっきりそう言えば私もそれなりのフリをしてあげれるのに。
「私はプロなんだから」と玲子は内心思う。
ゲームは決まった時間が来れば終了する。
玲子は自分から彼に唇を押し付けるようにキスをした。それが合図であるかのように玲子は男から離れた。
身支度には10分も必要としなかった。ブラウンのスーツで男の元に現れた玲子は、この部屋に入って来た時と寸分違わない風貌で情事の陰を完璧に消している。
「もう少し一緒にいたいのに」
玲子へのこの問いかけは懇願ではなく、どうせ頼んでも無理だろう、というニュンアスの含みの方が多い。幾度の彼女との逢瀬の別れですでに分かっている。延長代を払えば彼女をこの場に繋ぎとめることは可能だ。
玲子はニッコリ小首を掲げて、さよならの微笑を彼に見せた。そのまま彼女はオートロックのドアの外へと出て行った。
長い廊下の突き当たりのエレベーターで、1階のロビーまで降りた。紺の制服を着たベルボーイが軽く彼女に会釈して「何か御用はありますか」というメッセージを首の傾きだけで玲子に聞いてきた。
玲子は笑顔だけで断り、勝手知ったホールを玄関入り口まで歩いて出た。入り口のボーイが玲子に合わせて自動扉に手を添えて、会釈で彼女を通過させてくれた。
玄関前には黒塗りのタクシーが列をなしている。その先頭にあるタクシーに玲子が向かった時に、バックの中で携帯の着信音がなった。
玲子はそれに気を止めることはなく、タクシーの中に滑り込み「駅まで行ってください」とだけ言った。
おわり
「IMAGINARY LOVE」
Story by ushi